僕はタムキーにいた。
タムキーはベトナム中部の街で、日本から直行便のあるダナンの70km南に位置している。
このタムキーの中心部から15分ほどタクシーで走ると、とても長いビーチに着く。(バスはない)
ビーチに立ち、海を前にして、左右を見てみても、ビーチがどこで終わっているのか知る事ができない。はるか先のぼんやりとした地平線の霞の中にビーチが消えていくのを認めるだけだ。
このビーチが北のダナンまで続いていると言われても説得力がある。
真っ白な死後の世界のような、無音炎天のビーチを走っている白人がいた。(ベトナム人は日差しを避けて夜明けと夕暮れにしかビーチには来ない)
痩けた頰、長髪を後ろで束ね、肩にスターウォーズの共和国軍のタトゥーを入れたそいつに「どこまで走ってきたんだ?ビーチの終わりまで?」と聞くと、「ビーチの終わり?このビーチは中国まで続いているぜ」と返してきた。イカした返事に頰が緩む。
ここのビーチは最高だ。砂は全て目の細かい鳴き砂でできている。
ごみも全くと言っていいほどないし、人もいない。
ヒッピー野郎(先ほどの白人を僕はそう呼ぶ)がいなくなると、再びビーチは無人の砂漠と化した。
暑さに耐えれなくなり、波打ち際を伝ってゆっくりとホテルに戻る。
ホテルもなかなかクールなのだ。
ヒッピー野郎の足跡を追っていると、やがて、ヤシの木を葺いたオープンカフェのような建物が見えてくる。
これが我がホテルのレセプション兼食堂で、ここを中心に巧妙にビーチから見えないようにバンガローとドミトリーが広がっている。
初日にこの宿に辿り着いたとき、パラダイスとはこういう場所を言うんだろうなと思った。シャワールームにcockroachが出たりと、僕の楽園は少しづつ現実との繋がりを見せ始めていたけれど、この海の青、白いビーチ、透き通ったヤシの木の青さは、パラダイスにいるんだ君は。。。と、語りかけてくるようだ。
僕はここにバンガローを借りていた。
ドミトリーであれば半額近いのだが、生来他人との協調に苦手意識を持つ僕は、社会人になって少し潤沢になった懐に物を言わせ、一人には十分すぎるほどの面積をこの楽園に有していた。
楽園の昼は暑い、洗面台で洗濯を終えたら、食堂で海を眺めながら日没を待つ。
ビールは1瓶75円、書き物をして、ベトナム語の勉強をする。オーナーの母親は英語を喋れないのだが、オーナーが留守の間、通訳をしてくれと言われビールがさらに一本追加される。
やがて、日が暮れる。
宿の前のビーチは静かなのだが、北に少し行くと、町の入り口が見えてくる。
夕方になると、地元の人が集まり泳いだり、サッカーしたり、何をするでもなく歩いたり、蟹を取ったり、そして彼らを当て込んだ屋台が出て浜は賑わいを見せる。
夕日に照らされる海に、人々が次々に入っていく様は、写真で見たガンジス川の沐浴のようだ。
日が落ちてしまうとやることもないので、バケツを借りて蟹を採りに行く。
砂に開いた穴をiPhoneのライトで照らし、中に蟹を認めたら、挟まれないかビビりながら穴を掘っていく。砂まみれになりながら3匹ほど捕まえたので、とりあえず全部素揚げにしてもらってバリバリ食う。
ちゃんとした道具で掘ると大きなのも採れるらしい(満月の夜に)。
無心に掘っていると、後ろで静かにホテルの飼い犬が見ていて心臓止まるかと思った。
毎日5時くらいに起きて、市場まで歩いて行ったり、宿の犬の写真撮ったり、特に何をするでもなく時間が過ぎていく。
やがて、楽園の日々は終わり、タイに向けて移動する日がやって来た。
タクシーで街のバス停まで連れて行って貰い、空港行のバスを待つ。
2時間待ってもバスが来ないので、結局タクシーで空港に向かった。
サイゴンで2日間過ごす。
そしてバンコクに移動。
同僚がミャンマーから下ってくるのでバンコクで合流する予定になっていた。
ドムアン空港について、すぐにSIMカードを購入する。ベトナムよりやや安い500円ほど(30日、データー量無制限)。すべての物価はベトナムより高いが、唯一SIMに関してはタイの方が割安感があった。
ドムアンから市内へ行くのに、ベトナムと同じ感覚でGrabでバイタクを呼ぶ。
表示された金額はベトナムのほぼ2倍、道が綺麗なので、バイタクのスピードも出る為(ベトナムは道が悪い&バイクが多すぎるのでそもそも飛ばせない)、スリル満点。
クタクタになってホテルに着いた。
バンコクのきらびやかさに、サイゴンの夜に慣れていた僕はただただびっくりした。
翌朝、パタヤへ移動。半月状の巨大な湾が、海辺までぎっしり高層ホテルで埋め尽くされ、海はスピードボート、空はパラセーリングで埋まる一大大リゾート地だ。
タムキーの静けさが恋しくなってくる。
というよりタムキーの方が良かったと、タムキー回帰願望が高まっていくだけだった。
パタヤとバンコクの、観光客の住む世界が別枠で用意され、その中で遊ぶしかない感じが苦手だった。
タイはもうねぇなと帰りのドムアン空港で、卸し過ぎたバーツを円に両替。
みんなと同じ物を楽しまないといけないリゾート地が嫌いなんだ、あれ、これって結局協調性のなさが表れてるんじゃないかな。
おちまい